酒都西条からこんにちは

40代おっさんのつぶやき

撤退する勇気

僕も40数年、人間ってのをやってきた。

そうなると、幾度となく「決断」を下してきた。進学、就職、又仕事の上での判断等々。ただ、全てにおいて「Aか、Bか?」、「to be or not to be」って決断をしてきたかというと、そうでもない。決断しないままズルズルしてたら、何となく解決したことも少なくない。「答えなしも又答えなり!」byとどろけ!一番(コロコロコミック)。まあ、ある意味「決断しない決断をする」って禅問答のような決断かも知れないんだけど・・・。

 

そんな僕でも後で振り返ると決断をすべきだったと思ったことはある。20数年前の話だが、そのことを書こうと思う

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 大学生時代、僕はアウトドア系のサークルに入っていた。山に登ったり、洞窟行ったり、無人島行ったり、なんでもありのサークルで、僕も楽しんで活動をしていた。ある時の冬休み、信州の冬山に登ろうとメンバー数人と計画していた(南アルプス八ヶ岳かどっちかだったと思う)。そして、冬休みになり計画を実行に移した。現地に到着し、山に登るために登山口迄、たどり着いたが、天気予報によると今後、天気はどんどん下り坂に向かっているとのことだった。

「折角、ここまで来たことだし行けるとこまで行こう」

とみんなと話し合い、登山を開始した。雪は降っていたが、そこまで激しくはない。何とか、その日の宿泊予定地まで到着した。そこで、テントを設営したのだが、風はどんどん強くなっており、更に吹雪になってきた。明日以降、活動出来るかわからない状況。ラジオの天気予報を聞くと低気圧が2つ接近しており、明日も天気回復は見込めないとのこと。

メンバーとは

「明日のことは明るくなってから考えよう」

と話し合い、就寝した。

ふと、目が覚めると朝の4時、圧迫感で目が覚めた。灯りを点けてテント内を見ると、テントの1/4が押しつぶされていた。テントの外を見ると猛吹雪、30cm先も見えない状況だった。どうやら、雪がテントに降り積もってテントが潰されているようだ。いくら、能天気な僕でもこのままいたら、テントが全壊するのは判る。慌てて、メンバーをたたき起こし、皆とテントを飛び出し、山小屋の方に駆けていった(山小屋の近くで設営していた)。そして、何とか山小屋を開けてもらいそのまま朝まで避難させてもらった。

 

明けて、朝、外を見ると猛吹雪は継続中(30cm先も見えない)。しかし、昨晩、着のみ着のまま山小屋に避難した僕たちは財布も何も持っていない。このまま、山小屋でしばらくお世話になるとしてもお金がないと何ともできない。取り合えず財布だけでも取りだそうと思い、メンバー数人で手を繋ぎ、テントのあったところまで行ってみた。しかし、テントは見当たらない。

「ここにテントあった筈だけど・・・・」

這いつくばって周囲を探すとペグ(テントを固定する為に地面に打ち込む釘みたいなもの)を発見した。どうやら、テントは潰れて、雪の中に埋まってるようだ。

「あのまま、気づかずに寝たまんまだったら、今頃、雪の中だったんだ・・・・」

思わずぞっとした。この状況ではテントの中の物を取り出すことも出来ない。諦めて山小屋に戻ろうと思ったが、メンバーの一人(山田)が見当たらない。

どうやら、はぐれたらしい。周囲は30cm先も見えない猛吹雪。探しにいこうにも各員がバラバラに行動したら、確実に二次遭難になる。僕たちに出来ることは山田の名前を叫ぶことしかできない(ここにいるよって合図の為)

ただ、猛吹雪の中、声もかき消される状況で、果たして声は届くのだろうか?

このまま、見つからなかったら、どうしよう?

と悪い想像が頭をめぐる。

何10分、いや、実際には数分だったかもしれないが、猛吹雪の中、ひたすら山田の名を叫ぶ僕たち。そこで、ひょっこりと彼が現れた。

あの時は安堵の気持ちから山田以外のメンバーは腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

後で聞くところによると、吹雪でできた低い雪庇(2,3m位の高さ)から、低所に落ちたらしい。周囲は何も見えないけど、耳を澄ませて声がする方に何とか戻ってこれたようだ。

 

その後、メンバー揃って手をつなぎ、声を掛け合いながら山小屋に戻り、管理人に話をして後払いで泊めてもらった。

 

明けて、翌日、天気が回復したので、再度、テント設営場所に行く。テントはバキバキに壊れていた。荷物を取り出して、壊れたテントも回収して山小屋に戻り、もう一泊させてもらってから、帰路についた。

 

後で調べるとその時、僕たちのいた所は「二つ玉低気圧」に丁度挟まれていたようだ。冬山でこれに襲われると、強風、猛吹雪に襲われるといわれている。これが原因の遭難事故も過去、多々起こっている。

今回は誰も死ななかったから良かったものの、一つ間違えれば死んでもおかしく無い状況だった。

 

会社員や、学生にとって、纏まった休みってのはなかなか取れない。特に季節限定の長期旅行ってのは機会を逃すと最低1年後でないと再チャレンジは出来ない。

だからといって、

「折角、ここまで来たんだから」

「次、又来れるか分からないから」

って無理をして冬山に登るべきじゃないなって思った出来事だった。

何故なら、お金や、休みと違って「命」ってのは失うと次の機会ってのは永久にないからね!(命のコンティニューボタンはない!)

  

現在、僕は冬山には行ってない。上記の経験で、冬山はこりごりだと思ったわけでもない。現にあの翌年、甲斐駒ヶ岳(冬山)に行った記憶がある。ただ、年も取り、他の趣味の範囲も広がり、冬山にそこまで情熱を傾けられなくなったのが一因だが・・・

だが、近所の里山(低い山)には日帰りでぼちぼち登っている。たかが、里山といっても、登る前にはエスケープルート(万一の時の避難ルート)を確認し、天気予報を見て雨が降りそうだったら登らない。

当たり前のようにしてるけど、今考えるとあの時、怖い目にあったから、知らず知らずの内に危険予知できてるのかな?

多分、あの時の経験が活きてるのだろう。

撤退する勇気って大事だね!!